概要
上武大学医学生理学研究所の渡辺正哉准教授 (上武大学ビジネス情報学部スポーツ健康マネジメント学科准教授),名古屋市立大学大学院機能組織学の植田高史准教授,三輪陽子研究員,鵜川眞也教授らは,筋痛モデル動物(マウス),及び,TRPV1ノックアウトマウスで血管内皮増殖因子 *1-A(Vascular endothelial growth facto-A, VEGF-A)の遺伝子解析,タンパク解析を行い,その成果を報告しました.この研究は,アスリートだけでなく,多くのスポーツ愛好家にも生じる筋痛症の発症メカニズムの解明につながり,VEGFレセプタ−1(VEGFR1 *2)が新規治療ターゲットになりうるものです.
筋膜性疼痛症候群(myofascial pain syndrome, MPS)や筋線維症,炎症性筋痛症は,競技者のみならず高齢者にいたる多くの患者を有し,発症原因の解明や治療法の確立が急務となっています.本研究グループは,炎症性筋痛の発症メカニズムと関連シグナルの伝達経路の同定を目的に筋痛症モデル動物を作出し,その疼痛回避行動分析と薬理学的解析を行いました.VEGF-Aは、血管新生と疼痛において主要な役割を果たし癌性疼痛や慢性疼痛における過敏症に関与するとされます,そしてVEGF-Aは、組織における虚血状態によって誘発されるだけでなく痛覚誘発性サイトカインとも強く相関していて,炎症性筋痛症では,局所の虚血状態も疼痛誘発性サイトカインの発現は顕著にみられます.しかし,筋痛症におけるVEGF-Aの関与とその分子基盤は不明です.
本研究では,マウスのヒラメ筋膜と深層筋の筋膜間に起炎剤(carrageenan),あるいはVEGF-A165遺伝子組換えタンパクを注射し急性期,および亜急性期筋痛モデル動物を作出し,局所におけるVEGF-A遺伝子発現を解析しました.解析の結果,局所におけるVEGF-A遺伝子発現が増加することがわかりました.そこで,同じ部位にVEGFR1抗体を投与したところ疼痛過敏が著しく改善し,一方でVEGFR2 *3中和抗体,拮抗剤では効果は限定的でした.そこで,TRPV1 *4拮抗剤(capsazepine)を事前投与したところVEGF-Aによって誘発された疼痛過敏が抑制されました.これらの結果は,筋痛症においてVEGFR1と TRPV1を介した侵害受容経路があることがわかり,VEGFR1を抑制することで炎症性筋痛症における疼痛過敏が緩和されることがわかりました.
VEGFR1は,癌性疼痛だけでなく筋痛症の治療ターゲットとして,そして新規の鎮痛剤開発の候補としての期待がもたれます.
本研究成果は、令和5年2月にLippincott Willams& Wikins発行の科学誌『 Neuroreport 』(2023年, 34号,238–248頁)に掲載されました.
https://journals.lww.com/neuroreport/Abstract/2023/03010/Vascular_endothelial_growth_factor_A_is_involved.8.aspx
線維筋痛症(せんいきんつうしょう)は全身に原因不明の激しい痛みが生じる病気である。
筋筋膜性疼痛症候群と線維筋痛症は類似点が多くあり、線維筋痛症の診断基準の一つに圧痛点が11カ所以上に見られる事という基準がある。一方で、筋筋膜性疼痛症候群の診断基準は圧痛点が1か所以上に見られる事という基準であり、筋筋膜性疼痛症候群の全身症状が線維筋痛症であると考えられている。
線維筋痛症(FMS)との関連がしばしば指摘されるが、筋筋膜痛症候群(MPS)の筋骨格痛が限局しているのに対し、線維筋痛症は全身、複数に及ぶ。MPSの関連痛が高頻度なのに対し、FMSは低頻度である。MPSの圧痛点が限局しているのに対しFMSは複数で全身性である。MPSがトリガーポイントがあるのに対し、FMSではない。MPSでは疲労、不眠、異常感覚、頭痛、過敏性腸症候群、浮腫感覚が低頻度なのに対しFMSでは、これらが高頻度で起こるなどの違いがある。筋筋膜痛症候群は筋肉の使い過ぎが原因で起こる痛みと考えられるのに対し、線維筋痛症は、全身性の慢性疼痛である点などが違う。
筋筋膜性疼痛症候群(きんきんまくせい とうつうしょうこうぐん, Myofascial Pain Syndrome, MPS)とは、体の筋肉に時に激しい疼痛を生じる病気である。この病気が発生する可能性がある筋肉は全身の筋肉である。アメリカでは Chronic Myofascial Pain (CMP) 、Myofascial pelvic pain syndrome (MPPS)と病名を変更する動きもある。
原因やメカニズムはある程度解明されているが、血液検査、MRI、コンピュータ断層撮影など、通常の西洋医学で行われる検査では目に見える根拠がでない事もあり、この病気の存在そのものが医学界はもとより患者の間にも十分に認知されていないため、椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、すべり症、半月板損傷など神経根障害による痛みと誤った診断をされるケースがある。
また、現在、特に日本ではこの病気に対する認知度が医師、患者の双方で非常に低いため、初期の段階で適切な治療を受ける事が難しく、治療の開始が遅れることにより、痛みの信号を脳に長時間に渡って入れて慢性化させ、まだ解明しきれていない複雑な脳の働きも関与させてしまい完治を難しくしている実状もある。
体の特定部位に疼痛を発生させる。時にその痛みは歩行、座る事、立つ事など日常生活を困難にするほどの強い疼痛になる事がある。痛みの種類は人や時により異なるが、焼けるような、刺すような、うずくような痛みとして例えられている。また、時間の経過とともに痛みの種類、場所が変化する場合もある。
激しい運動等の過負荷により筋肉が微少損傷を受けた場合、その部分の筋肉が収縮して、一般に言う筋肉痛の症状が現れ、通常は数日から数週間で自己回復する。しかし、回復の過程でさらに過負荷をかけたり、冷やしたりして血行の悪い状態にすると、この収縮が元に戻らなくなり、筋肉が拘縮状態になり痛みを発生し続ける。この状態を「索状硬結(さくじょうこうけつ、Taut Band)」または「筋硬結(きんこうけつ、Muscle Knots)」と呼び、索状硬結部位へ物理的に力を加えると強い痛みを感じる事から、この状態の部位を圧痛点 (Tender Point) と呼ぶ。
筋筋膜性疼痛症候群の痛みのメカニズムは以下のように考えられている。筋肉に索状硬結が発生するとその部分で酸素欠乏が起きる。酸素欠乏が起きると血液中の血漿からブラジキニンなどの発痛物質が生成されて、それが知覚神経の先端にある痛みを感じるセンサーであるポリモーダル受容器に取り込まれ、痛みの電気信号に変換され神経を伝わり脳に達し、痛みを感じる。
また、脳や脊髄は筋肉からの痛み信号をとらえて、無意識のうちに自律神経の一つである交感神経を働かせて、さらに索状硬結が発生している場所、及び周辺の筋肉の血管収縮を行わせる。その結果、再び酸素欠乏が発生し発痛物質が生成されて、痛みがさらに強くなると同時に、痛みの場所、範囲も広がる。このような脳や脊髄の働きにより痛みの連鎖が発生する。
Dr.David G. Simonsが発表した筋筋膜性疼痛症候群の特徴であるトリガーポイントの識別基準の日本語要約は以下の通り。
必須基準
1.触診可能な筋肉の場合,そこに触診可能な索状硬結があること.
2.索状硬結にする鋭い痛みを感じる圧痛点があること.
3.圧痛点を押した時に,患者から圧痛点の周辺部分を含む圧痛点からくる関連痛があること.
4.痛みにより身体の可動範囲に制限があること.